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Monday, January 28, 2008

Glenn Gould plays Beethoven Symphony #2

聴いてみました
グールドが演奏するリスト(Franz Liszt)編曲のベートーヴェンの交響曲第五番ハ短調 "運命"と 第六番へ長調 "田園"。両方とも有名なので、誰でもこれまでに少しでも聴いたことがある曲だと思います。私も「少しは聴いたことがある」だけで、ピアノソナタや歌曲のように深く聴いたことがありませんでした。 GouldBeethoven5.jpg 交響曲は複雑でその楽しみ方がわからないのです。多くの楽器が奏でるそれぞれの旋律が複雑に絡み、積み重なりながら進んでいく状況に対して、私のもつ知力や処理能力が足りていないという訳です。(アハハ!)ですから、その曲がもともと持っている素晴らしさや演奏家の出来がどうのこうのというのがわかっていません。
・"運命":耳が聴こえなくなりはじめて絶望の淵に立った後、第二の人生の中でつくられた曲。「運命」という名前はベートーヴェンがつけたのではなく、この曲ができた時に例のジャジャジャジャーンというところについて、マネージャーの"シンドラー"という人がベートーヴェンに「これは何を表しているのか?」と尋ねたところ「運命はこのように扉を叩くのだ!」と答えたところから、のちにこのように呼ばれることになったとのこと。こう呼んでいるのは日本だけだそうだ。

・"田園":これはベートーヴェン自身がつけた名前。田園を散歩しているときに思いついてつくった曲だそうです。鳥の声や川のせせらぎ、雷などが挿入されていて、ベートーヴェン曰く、どんな情景を思い浮かべるかは聴き手に任せる。田園生活を知る人たちには標題などなくてもわかるだろう。音による絵画ではなく「気分の表現」として全体をつかめ、とのこと。そのまま感じればよいのかぁ。

このCDを聴いてみて最初に思ったことは「これって、どう聴けばよいの?」でした。グールドがピアノ曲に編曲された交響曲を弾いているのだけれど、何をどう聴けばよいのか途方に暮れてしまい「わざわざピアノになった曲なんか聴かずにオーケストラ演奏を聴けばよいなぁ」と思いました。それで、オーケストラのCDを聴いて、ピアノ曲が表現しようとしていることを考えることにしました。でも、このオーケストラが演奏する複雑さを把握できないので「???・・」のまま。それで、またもや「うーむ」となってしまい、困ったなぁー、何か感動があると思っていたのに???が募るばかり。

発見したこと
そこで、むかーし買ったベートーヴェンに関するいくつかの本を読み返してみました。それでわかったこと(知ったこと)は、
・ベートーヴェンの音楽は完璧に構成されていて「複雑な織物」のようなもので、それぞれの糸が与えられた役割を担って全体ができ上がっていること。
・そして、ベートーヴェンの有名な言葉に「本質のみを語れ!」というのがある。

GouldBeethoven6.jpg

はは〜ん、そういうことか!?と自分なりに発見・納得。 「グールドが弾くベートーヴェンの交響曲」ではなく、「この交響曲をリストが読み解いて(本質を)ピアノ曲にした」ということ。そして、その本質を表しているピアノ曲をグールドが弾いているということ。
これがわかって、がぜん、この曲がおもしろくなりました。グールド独特のそれぞれの旋律をしっかりと表す弾き方の意味もわかりました。これらの本を読んでいて知ったのですが、グールドがバッハを弾くのは「対位法」的に音楽を見つめているからなのだそうだ。わかりやすくいうと(間違っているかもですが)、それぞれの糸をしっかりと表しながら曲全体をみせている、ということのようです。
シューマンがこの"運命"のことを「いくら聴いても、あたかも自然現象のように、畏敬と驚嘆とが新たになる。」と言ったそうです。何度聴いても新たな発見があると、よくいわれるのもこういうことだったのか、と思いました。これらのささやかな発見のお陰で、このピアノ曲もオーケストラの演奏も聴くときの肝がわかったように思い、大きな楽しみを得たように思います。「思います」ばっかりですが、今後しばらくは、ベートーヴェンの交響曲の虜になっていると思います。
今週は火曜日からベトナムとマレーシアに出張です。金曜日の朝に帰国します。
では、おやすみなさい。

12:13 AM [Music] | 固定リンク

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コメント

グールドの虜になっているO氏です。
グールド以外のバッハも聴いてみようと図書館の端末でバッハのCDを検索していたら、「カールリヒター」というドイツの指揮者でありオルガン・チェンバロ奏者と出会いました。
リヒターは当時(1950年代~60年代)の慣習に従って古楽器ではなくモダン楽器によるバッハの演奏を行っているため、現在ではその評価が分かれていますが、旧バッハ全集を使用しバッハと真正面から格闘し、凄まじい強靭な精神の凝縮力と持続力、音楽の密度の高さ、厳しさの中の切れ味はピカ一です。
まさに今聞きまくっている最中ですが、1958年演奏の「マタイ受難曲」は是非聴いてみてください。名盤中の名盤です。最初に聴いた時に知らず知らずに間にこの世界に引き込まれてしまいました。
またリヒターのチェンバロでの「ゴルトベルグ変奏曲」は一度聴いてみてください。これを聴くと当時バッハの鍵盤曲はチェンバロによって演奏すべきとの考えが支配的であり、かつバッハの音楽は禁欲的で派手なパフォーマンスには不向きとされている中、グールドが1955年に演奏した初期の「ゴルドベルグ変奏曲」がいかに凄い作品か改めて知ることができると共に、チェンバロの「ゴルトベルグ変奏曲」の良さも味わえます。
長いコメントとなってしまいました。
良い作品を見つけたらまたコメントさせていただきます。
O氏in香港より

投稿者: 仕事仲間のO氏 (Feb 19, 2008 7:57:48 PM)

コメント謝謝!
リヒターの1958年演奏の「マタイ受難曲」「ゴルトベルグ変奏曲、聞いてみることにします。どんな演奏なのか、わくわくです。
上海もよろしく。

投稿者: Kyosuke (Feb 20, 2008 11:42:21 PM)

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